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書評:『歌うネアンデルタール』

Steven Mithen(著), 熊谷 淳子(訳), 早川書房, 2016年 [link]

音声言語の起源には諸説ありますが、ここで紹介されている「社会的グルーミング仮説」という考え方はとても魅力的です。他にも「セクシーな石斧」仮説とか、証拠に基づいた思考実験として面白い内容でした。Holistic multi-modal manipulative musical mimetic 略してHmmmmmは、やりすぎ感ありますけどね笑

原型言語について音楽から書き始めるというのはスゴくユニークですね。そして音楽は非指示的=操作的(manipulative)かつ全体的(holistic)音声コミュニケーションであるという指摘にはハッとさせられます。

6章「乳幼児への話しかけ、歌いかけ」において現生人類の生後発達における母言語の獲得プロセスの考察は面白いですね。この本と同時期に読んでいたピダハンの言語世界にはIDS(infant-directed speech, 幼児に向けた特異的な発話)が無いと聞いてタマゲタ覚えがあります[1](これは外部観察者から見て区別がつかないという可能性もありますが)。

この本のハイライトは後半の8章「うなり声、咆哮、身振り」、9章「サバンナに響く歌」、12章「セックスのための歌」そして16章「言語の起源」という言語起源に対する仮説の提示です。類人猿における音声コミュニケーション研究の概要と(考古)人類学的考察を踏まえながら原型言語のアウトラインが浮かび上がってくるのは読書体験としてとても説得力がありました。初学者向けの教科書としても十分な量の学術的背景が要約されています。最も、この推論の中で「音楽」的な要素がどこまで必須な役割を果たしているのかはやはり空想的な飛躍を含んでいる感じはしますね。

ただし、素晴らしい点は主題となる原型言語の起源に関し、「何が分かっていないのか」が注意深く指摘されているところです。分かっていないからこそ思考の飛躍で溝を超えてみせる仮説をデモンストレーション的に作ってみたという事でしょうか。この分かっていないことをキチンと分かっていないと書というのは大変な作業です。分かっていることを要約するのは調べればできますが、分かっていないことを提示するには文字通り考える必要があります。この本で提示されている多くの未解明ポイントはそのまま研究テーマとして、初版2006年から10年以上経ったいまでも第一線級に通じるものが多く、著者の考察の深さが伺えます。

※ 残念ながら現在は絶版とのことです。

[1] 『ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観』ダニエル・L・エヴェレット (著), 屋代 通子 (訳), みすず書房


2018年12月30日