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研究に関する内容


1. 機械学習を用いた行動ダイナミクスの計算論的記述

「心が躍る」「目は口ほどに物を言う」といった慣用句がありますが私たちの動作や姿勢などの身体表現は心理的な内部状態(感情、意図、動機、意思など)と強く結びついています。私たちは心的状態に基づいて行動の様式を変容させ、また他者の行動からその心的状態を推定することができ、この機能は社会的コミュニケーションにおいて核となっています。従って多様で複雑な行動表現の全貌を網羅的・定量的に解析する手段が提供されることにより、コミュニケーションダイナミクスの包括的な記述や、社会脳など神経基盤の解明において有用な貢献となると期待されます。我々は、霊長類の身体運動情報を3Dモーショントラッキングにより取得し、その時系列に内在する行動を構成する「単語」や「文法」をデータ駆動に推定する教師なし学習アルゴリズム SyntacticMotionParser (SMP) を開発しました。これは連続した文字列から意味単位である形態素や構文構造を探索する自然言語処理と対照可能なアルゴリズムです。2種類の霊長類の全身運動をSMPを用いて解析した結果を論文にまとめて出版しました(論文1-1)。この技術を基盤に、動物の社会行動解析や臨床における当事者の行動データ分析への応用を展開しています。

2. 化学遺伝学:神経回路の操作

化学遺伝学(chemogenetics)は、神経活動に介入し操作する方法の1つです。これはDREADDと呼ばれる人工的な変異を組み込んだ受容体タンパク質をウィルスベクタを用いて脳の局所に導入し、細胞膜上に発現させる手法です。DREADDは特定の人工薬剤と結合することで細胞内シグナル伝達を活性化させ神経細胞の活動を変化させます。この薬剤のことをDREADDのアゴニストと呼びます。所属チームは2020年にデスクロロクロザピン(Deschloroclozapine, DCZ)という新規のDREADDアゴニストを開発しました。これは結合特異性・脳移行性・代謝頑強性などの点において既存の薬剤と比べ非常に優れた性能を示しました。更に、放射性標識を施した[11C]DCZはPETリガンドとして利用可能であり、脳内でDREADDが発現している神経細胞集団の位置や範囲を特定することが可能となりました(論文2-1)。

小型霊長類コモン・マーモセット(Callithrix jacchus)は高次な社会的認知や豊かなコミュニケーション表現で知られ、神経科学分野で着目されているモデル動物です。我々は、化学遺伝学をマーモセットに適用する世界初の実証実験に成功しました。この研究では、興奮性DREADD(hM3Dq)をマーモセットの片側の黒質に発現させました。黒質にはドーパミン(DA)神経が多く分布していることから、DCZを投与することで片側脳半球に限定したドーパミン過剰分泌状態を誘導できました。このドーパミン濃度の不均一な上昇は対側性回転と呼ばれる特殊な異常行動を引き起こしました。その様子を独自のモーショントラッキング技術で捉え、定量的に評価することに成功しました(論文1-2)。化学遺伝学はアゴニストを投与するだけでその効果時間に限った神経操作を実現することができます。従って、マーモセットにおける化学遺伝学技術の実装は脳機能と全身運動の結びつきを解き明かす基盤的技術になると期待されます(右図は論文2-1, 2-2より改変)。

マカクザル(Macaca fascicularis)を対象に、人為的に誘導された癲癇発作を化学遺伝学を用いて抑制するという研究に参画しました(論文2-3)。難治(薬剤抵抗性)てんかんの治療に向けた応用可能性を拡げる研究成果となりました。当該研究ではデータ科学担当として、化学遺伝学による発作の抑制効果を数理モデルにより定量評価しました(Fig. 3)。オープンアクセスですのでどなたでもご覧いただけます。

3. 自閉症スペクトラムおよびそのモデル動物研究

自閉症スペクトラム(ASD)は固執性と社会的コミュニケーションの顕著な障害を特徴とし、有症率約1%と見積もられる主要な精神疾患の1つですが、その表現系の多様性や生後発達に伴う症状の変容から、疾患病態や神経生理学的基盤についての理解は発展途上です。

我々は、独自の多変量行動解析系を用いてASD患者が他者と対面する際に、その属性(既知・未知)に応じて行動を調整する機能に障害を示すことを明らかにしました(論文3-1)。更に、ASDの神経基盤を探索するために自閉症モデル霊長類(マーモセット)の神経構造イメージング研究を行ないました。このモデル動物は胎生期バルプロ酸暴露法を霊長類に応用して作出されました。生後初期脳の神経繊維を高解像度の拡散強調画像(DTI)により可視化・定量することで左右の脳半球を接続する前交連繊維の発達異常が見出されました。また同時期の大脳皮質における遺伝子発現を網羅的に解析した結果、広い領域において軸索伸長因子の発現低下が認められたことと併せ、発達初期における神経構造に関するリスクが明らかになりました(論文3-2, 右図)。

また、この他に社会性機能の障害を伴うモデル動物として、社会的孤立環境で発育した家禽雛(ヒヨコ)が示す社会行動および神経構造の異常について大学院修士・博士課程を通じて研究し、主著論文を出版しました(論文3-3)。

マーモセット関連

マカクザル関連

ヒト対象研究

家禽ヒヨコ関連