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書評:『日本産ゴミムシダマシ大図鑑』

秋田勝己(著), 益本仁雄(著), むし社, 2016年 [link]

300ページもある図鑑ですが全てゴミムシダマシに関する記述で埋まっています。
トンデモナイ図鑑。素晴らしい。唯一無二の極北。

ついに買いました。

最も好きな生物分類群を1つ、と言われたら迷うことなくゴミムシダマシ科(Tenebrionidae)を挙げます。甲虫の中で跗節形式が5-5-4というのが特徴です。跗節形式というのはそれなりにマニアックです。それぐらい様々な特徴を含んだ昆虫が含まれている分類群です。ハムシのような形態をしているアオハムシダマシ属 Arhromacra、黒い胴長の形状にツノをもったツノゴミムシダマシ Toxicum、キノコムシにそっくりなツヤゴミムシダマシ属 Scaphidema、七色の光沢を持つオオニジゴミムシダマシ属 Euhemiceraなどなどなど。表紙の写真だけみても、これがひとつの科に含まれるとはちょっとすごい話だなー、と思っていただけるかもしれません。

そんな多様なゴミムシダマシ科の中で、これ!という1種類を、と言われたらこれも迷うことなくキマワリ Plesiophthalmus nogrocyaneusを挙げます。この種は超のつく普通種ですが、ほぼ日本固有種なので世界的には珍しい甲虫です。超普通種なので都市部の公園にも普通にいます。ちょっとした林があればすぐに見つかります。キマワリはツノもオオアゴもコブもトゲも斑紋も無いという無い無い尽くしなので、超普通×地味ということで、昆虫好きのヒトには大人気!というわけではありません。見かけても「ふーん」といってスルーされるやつですね。ちなみに表紙のど真ん中にいる黒いムシがそれです。あ、トゲが無いと言いましたが前肢の腿節に小さい凸があります。

その昔、昆虫少年だった頃にいちばん通ったフィールドが東京都の高尾山で、最盛期にはほぼ毎週通っていました。その次に思い入れのあるフィールドが伊豆7島の1つ、神津島です。ちゃんと思い出してみると高校〜大学にかけて恐らく7回ほど昆虫採集に訪れています。夜中に竹芝桟橋からフェリーに乗って早朝に起きるともう神津島です。今も昔も運転免許が無いので徒歩で採集ポイントを巡り、浜でテントを張って寝る、というのが定番コースですね。これはその道に踏み入れていない方には信じられないかもしれませんが、午前・午後・夜間と全ての時間をそれぞれの時間帯に活動するムシの採集に当てるので、ずーっと動き回るハメになります。それを1週間ぐらい続けるので帰路につく頃には衰弱と興奮で訳わからない状態になります。楽しかったですね。

その神津島は東京からすぐ行けるのに、植物の分布も昆虫の分布も全く違います。昆虫は移動能力が限られているので、島のような孤立環境では独自の環境適応が進み別種や亜種に分化することが頻繁にあります。キマワリも飛べない昆虫ですのですが、神津島のキマワリを採った時はビックリしました。青みが強く、腿節が赤く、全体に大ぶりで、見慣れていた高尾山のキマワリと比べると印象が全く違います。俄然、これは格好いいムシだということです。というわけでそれなりに日本各地を訪れるたびにキマワリに注意して色々集めていた時期がありました。残念ながらもうその標本は手元にはありません。10年も遠ざかっていたのでそういうものですね。

さてそんな超地味昆虫のキマワリですが、どんな昆虫にも専門家はいらっしゃいまして、まさにキマワリの大家の中の大家がこの図鑑の著者の益本仁雄先生です。そんな益本先生の書かれた図鑑なので、当然、キマワリには力が込められていて、28標本もカラープレートに掲載され、様々な整理と共に「ニホンキマワリ」という和名新称があてられています。亜種は4つに分類されており、神津島産は「伊豆諸島北部亜種 subsp. oyamai」に含められています。カラープレート40の156-23が神津島産なのですが、僕の記憶ではもう少しこう青みが強くて、156-27に近いようなものだったんですが、うーむ、というところです。

今からもう一度キマワリ行脚をすることは無いと思いますが、tm氏と神津島を歩き回って生き物を一緒にみれたらそれは素敵だなと思います。あと5年のうちには、と密かな野望です。


2021年12月29日